高松家庭裁判所 平成5年(家)458号 審判 1994年1月13日
申立人 クレメンス・エドガー・フレデリック 外1名
事件本人 西田佳代子
主文
事件本人西田佳代子を申立人らの特別養子とする。
理由
1 申立て
申立人らは、主文と同旨の審判を求めた。
2 当裁判所の判断
一件記録によれば、次の事実が認められる。
(1) 事件本人は、平成3年4月20日長野県南佐久郡○○町で、日本人西田登志夫(本籍愛媛県周桑郡○○町大字○○○○×××番地×、生年月日昭和28年7月26日)とタイ人女性との間に出生したもののようである。平成3年8月実父母らしい男女が高松市○町×-×-×○○○○保育園に現れ、「実母がタイに一時帰国するのて預かってほしい。」と言って事件本人を預け、1か月ほど後に引き取って行った。平成4年3月実父らしいその男が同園を再度訪れ、事件本人を預けて行ったが、そのまま引き取りに来なかった。同園から連絡を受けた警察官がその男を探していたところ、高松市○○○町××××番地西田ふみ恵方に立ち寄っているその男を見つけることができた。同人は同女の夫であるが、同女と事実上離婚状態にあるもののようであった。同人は警察官に対し「10月10日までに事件本人を引き取りに行く。」と返事をしたものの、その後行方不明となり、事件本人を引き取りに来る者は誰も居なかった。
事件本人は、要保護児童として児童相談所の保護を受けることとなり、平成4年10月26日乳児院である社会福祉法人○○○○館に入所措置となった。その後同乳児院で育てられ、同館の館長○○○○○から○○町長に事件本人の就籍につき職権発動を促す旨の申請(出生届)がなされ、平成5年3月24日就籍がなされた。
(2) 申立人クレメンス・エドガー・フレデリック(養父となる者。以下「エドガー」という。)は、昭和28年12月16日カナダ人の両親の長男としてカナダ国オンタリオ州キングストン市において出生し、○○○○大学を卒業後パイロットの学校で飛行機の操縦技術を学びパイロットをしていた。その後ジャマイカに渡って語学の教師をし、昭和59年10月6日申立人アーネスト・ジュディ・オリヴァー(養母となる者。以下「ジュディ」という。)と婚姻(事実婚)した。そして、間もなくカナダに帰国したが、昭和61年夫婦で来日し、YMCA等からの派遣で会社の英語の教師をし、平成元年1月カナダに帰った。平成3年3月までバンクーバーでパイロットをした後同年4月再び来日し、○○○○大学等で英語の講師をしているものである。
申立人ジュディは、昭和31年1月25日カナダ人の両親の次女としてカナダ国オンタリオ州トロント市において出生し、○○○大学を卒業後ジャマイカに渡って語学の教師をしていたが、その頃申立人エドガーと知り合って婚姻した。その後間もなく申立人エドガーとともにカナダに帰ったが、昭和61年夫婦で来日し○○○○で語学の講師をし、昭和61年7月11日長女シャーロットをもうけた。平成元年1月カナダに帰り大学で語学の講師をしていたが、平成3年4月夫とともに再び来日し、○○○○大学で講師等をしているものである。
(3) 申立人夫婦は、中南米や東南アジアで生活していた折り、親に恵まれない子を見聞きするにつけ、「一人でも恵まれない子の世話をしてやりたい。」と話し合っていたのであるが、前記乳児院○○○○館を訪問した際、同館館長○○○○○から「日本人父とタイ人母との間に生まれた棄児がいる。日本社会では偏見を持たれやすい。」という話を聞き、その子こそ自分達が助けてやらなければならない子だと確信した。そこで、平成5年2月22日香川県知事から里親登録を受け、同年4月24日事件本人を引き取って監護養育を開始し、本件申立てに及んだものである。
申立人両名は平成5年3月19日香川県木田郡○○町役場に婚姻届を提出した。
(4) 申立人両名は、いずれもカナダ人であるが、前記のように○○○○大学等で語学の講師をし、相応の収入を得て安定した生活を営んでいる。性格も明るく誠実で、責任感が強く、心身共に健康な夫婦である。諸外国での生活が長くて国際的視野を有するのみならず、恵まれない子供を援助するのが自分達の務めであるとの使命感を持っている。平成6年5月ころカナダに帰国する予定であるが、事件本人も連れ帰って人種的偏見の少ないカナダで監護養育したいと考えている。
申立人両名が事件本人を引き取って以来、申立人両名及び前記シャーロットと事件本人との間の関係は非常に良好で、実の親子及び姉弟のように親和している。事件本人に以前みられた発語・運動・情緒などの発達遅滞も改善されつつあり、順調に成長している。
以上のとおり認められる。
3 本件は、いわゆる渉外養子縁組事件であるから、その適用法令について判断する。
(1) 申立人両名及び事件本人は、いずれも香川県木田郡○○町に住所を有するので、本件渉外養子縁組事件の国際裁判管轄は日本国に属し、国内的裁判管轄は家事審判規則第63条により当家庭裁判所に属する。
(2) 次に、本件の準拠法について検討する。
申立人エドガーは、前記のとおりカナダ国オンタリオ州キングストン市において出生したが、父母の生活の本拠がブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市に移ったため同所での生活が長く、また、父母の住所ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市○○○○×××-×××を本国における自分の住所としている。申立人ジュディは、前記のとおりカナダ国オンタリオ州トロント市において出生したが、父母の生活の本拠がブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市に移ったため、同市での生活が長く、また、父母の住所ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市○○○○○××××を本国における自分の住所としている。したがって、申立人両名の本国法はいずれもカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州の法令であると考えられる。
申立人両名が日本国にドミサイル(Domicile)を有していないことは前記のところから明らかである。したがって、コモン・ローによる反致は認められず、本件においては、法例第20条第1項により、養親たるべき申立人らの本国法であるカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州法が適用されるべきものと考える。
4 そこで、本件養子縁組がカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州法における養子縁組の要件を充足しているか否かについて判断する。
(1) カナダ国ブリティッシュ・コロンビア州の養子法によれば、「成年に達した未婚の者又は成年に達した夫婦は共同して、養子縁組を申請することができる。」(第3条第1項)、「養子縁組をしようとする者は、当該子と同居を始めてから14日以内に、監督官(superintendent)に対し、通知に示された住所において子と同居を始めたことを通知しなければならない。」(第6条第1項)、「申立人は、申立ての少なくとも6か月前にその意思を監督官に対し書面で通知しなければならない。」(同条第2項)、「監督官は、前項の通知を受け取ったとき(a)申立人の環境及び性格(b)その養子縁組によって養親となるについての申立人の適格性(c)申立人の養子となることについての子の適格性(d)子が養子になろうとするに至った生活環境(e)第7項及び第8項に示されている事項並びに監督官が第6項で要求される勧告をなすのに必要であると考える事項、又は裁判所が第8条若しくは第10条の命令をなすについて参考となる事項を調査しなければならない。」(同条第3項)、「第8項の場合を除き、監督官の報告書が提出され、この報告書によれば、審問期日の少なくとも6か月前から子が申立人と同居してその監護の下にあったこと、並びにその期間中の申立人の子に対する振る舞い及び子の生活環境が養子縁組命令をなすことを正当化するものであることが明らかでない限り、養子縁組命令をなすことができない。」(同条第7項前段)、「監督官への通知期間及び申立人と子の同居期間に関する第2項及び第7項の規定を遵守することが、全当事者の利益保護にとって不必要であるという理由が監督官の報告書によって明らかに認められる場合、裁判所はこれらの規定の遵守を免除することができる。」(同条第8項)、「子の福祉及び子の実親の利益に照らし、申立人が子を養育し扶養し正しく教育する能力を有すること及びその子を養子とすることが相当であると明らかに認められるときは、裁判所は第5条ないし第8条の規定に従い、子を申立人の養子とする縁組命令をなすことができる。」(第10条第1項前段)。
(2) しかるところ、日本国においてはカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州の養子法にいう監督官なる制度が存在しないが、同法における監督官の職務内容及び権限の大半が日本国の家庭裁判所調査官の職務内容及び権限と共通しており、不足する部分は同調査官による調査の過程において嘱託される児童相談所及び乳児院等からの回答等によってこれを補うことができること、並びに本来監督官による調査手続に関する規定は手続規定であり、同養子法において監督官が調査すべきものとされている子の要保護状態及び養親となるべき者の適格性等の実質要件のみが厳密な意味における法例第20条1項の養子縁組の要件に該当すると解されることなどに鑑みると、日本国の家庭裁判所調査官による調査及びその調査結果報告書をもって同養子法における監督官による調査及びその報告書に代えることが許されると思料する。
当家庭裁判所調査官○○○○作成の調査報告書等によれば、同養子法第6条第2項に定める監督官への通知期間及び同法第6条第7項前段に定める同居期間の点を除き、同法に定める養子縁組の要件は充たされていることが認められ、また、前記のように申立人らは平成5年2月22日香川県知事から里親登録を受け、同年4月24日事件本人を引き取って監護養育を開始し、同年5月10日本件申立てをなし、今日に至るまで同居を継続しているのであるから、この点も併せ考えると、同法第6条第8項を適用して監督官への通知期間を定める同法第6条第2項及び同居期間を定める同法第6条第7項前段の規定の遵守を免除するのが相当である。
5 そうすると、事件本人は実親からの手厚い監護養育を受けうる望みは皆無に等しく、十分な保護が期待できない境遇にあり、申立人らは事件本人の養親として十分な適格性を有しており、かつ、双方の間に血縁の親子に劣らぬ愛情の絆が結ばれつつあってその間の適合性にも問題はないと認められるから、事件本人の健全な成長と福祉の増進のためには、双方の間に特別養子縁組を成立させるのが相当であると思料する。
よって、主文のとおり審判する。
(家事審判官 和田忠義)